october notes

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冷えっぱらは右が痛むらしい

ここに書いているのは、あくまで個人的な体験談です。医療情報ではありませんので、ご注意ください。原因不明の腹痛がある場合は、医療機関にかかることをお勧めします。

 

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20代後半から30歳前後まで、わりと長い間原因不明の腹痛で悩んでいた。
主に痛むのは右の下腹で、もやもや、ちくちくとした感じ。日常生活に支障をきたすほどではなかったが、それでも嫌な感じは抱えていた。常に痛いわけではない。でもふとした瞬間、多くの場合は夜に痛み出す。痛み止めが必要なほどではなく、生理痛とも下痢や便秘の痛みとも違う。気のせいかな、と思ってやり過ごせる時もあれば、いやこれは気のせいじゃないな……と腹をさすりながらメソメソする夜もあった。

私は子どもの頃から心配症で、すぐに最悪の事態を想定しては落ち込むタイプだった。ネットができてからは、まさにこの歌のように、症状を検索しては落ち込む日々。最近は配慮しているサイトも多いが、10年くらい前は症状で検索をかけると最終的には「最悪の場合は悪性腫瘍」に行きついたし、最悪の事態を想定してしまうタイプには、毎回それが最終宣告に聞こえた。健康診断は毎回A判定にも関わらず、だ。

気にしすぎじゃない?とは家族にも言われたが、腹痛があることは事実だった。最初は婦人科系疾患を疑っていた。同世代の宇多田ヒカルが卵巣の病気であるチョコレート嚢胞で手術を受けていたし、高校時代の友人の妹は21歳の若さで卵巣がんで亡くなった。お腹が痛くなるとらずっとそのことが頭の片隅にあった。不安に取り憑かれたまま、産婦人科を梯子して、検査もしてもらった。でも、どこの医者でも子宮も卵巣もまったく異常なしだと言われた。釈然としなかったけれど、何もないならそれに越したことはない。一方で、お腹のもやもやちくちくは続いていた。

婦人科じゃないなら、消化器だろうか。確かに感染性胃腸炎をやってから、更に酷くなった気がする。とは言え、現時点では下痢も便秘もしてないしな〜と思っていたら、風邪をひいたので、会社のビルの内科でついでに聞いてみた。医者は私の話を聞きながら「もしかしたら大腸にポリープがあるのかもしれませんねぇ」と言った。そんな可能性はあまり考えてなかったのでビックリした。「ポリープって、がんになる可能性はありますか?」と聞いたら「悪性だったら、そりゃがんですよ」と言われた。最悪の事態をいつも考えてしまう私は、その言葉だけでお腹が超痛くなり、お先真っ暗な気持ちで診察室を出た。その日は仕事にならなかった。調べちゃいけないけど、調べちゃう。そしてさっきの歌みたいになっちゃう。

私は医療業界の隅っこで働いている非医療従事者で(B2Bなので顧客は患者ではない)社内では色々勉強会があり、色んな疾患の基本的な部分の勉強はしている。タイミング悪く、その時期はずっとがんの勉強会が続いてて、大腸がんの話を聞いていたら、ますますお腹が痛くなった。

私があまりにしょぼしょぼしているので、母親が知り合いの医者に連れていってくれた。飄々とした先生で「そうだねえそうだねえ」と私の話を聞き、「十月ちゃん(幼い頃に会ってるのでこの呼称)は色々考えるタイプなんだなぁ」と呑気な口調で言った。お腹を触診して「なんにもないねぇ」「そもそも右下腹ってなんもないんだよね~」「大腸内視鏡はね、けっこう大変だからね、その若さではあまりおすすめしないかな」と言った。「大腸じゃなくて、小腸ってことはないですか?」と聞いたら「その年で小腸がんだったら、学会にひっぱりだこだねぇ~」とこれまた不謹慎なほど呑気な口調で言われた。そして「精神的なもの(=気にしすぎ)からくる過敏性腸症候群みたいなものかもしれないから、とりあえず漢方飲んでみる?」と言われた。不安が完全に払拭されたわけではないのだが、何となく気が楽になり、その日は漢方薬だけ貰っておしまいになった。

血便が出るわけではない。便自体に異常もない。冬は痛くなる頻度が多く、温めると良くなる。楽しいことをしている時は痛くならない。食事もあんまり関係ない。でも痛くなる場所は大体いつも同じで、右下。痛い時は気のせいなんかじゃなくて明確に痛い。

結局これはなんなんだ。心のもやもやは晴れなかった。やっぱり内視鏡して白黒付けたほうがいいのか?でも心配ないって言われてるのにゴリ押ししてまでやる?過剰医療では?つまり医療費の無駄遣いでは?でもお腹痛いし……!?

そんなある日。これまた親の友人のおばさん、私の幼馴染のお母さんが実家に来て、なんとなしに話をしてたとき。「右のお腹が痛いんだよね」と言ったら、おばさんが笑ってこう言ったのだ。

「そりゃあ、冷えよ。冷えっ腹は右が痛むのよ~~~!!」

冷えっ腹は右が痛む……!?

なんだろう。自分でもよくわかんないのだけど、その瞬間「それだ!」と思ったのだ。右下はなんもないからなぁと言われても、謎に痛み続けて辛かった。たけど、昔からそういう言葉が(一部地域だとしても)存在したなら、それはある意味一般的であったということで。つまり。

つまり、これは冷えっ腹なんだ!!

と。思った。そして、すっごい馬鹿みたいだと思うんだけど、本当にこれで治ってしまった。と言うか、気が楽になったら、気にならなくなったのだ。

もちろん、今これを読んでいる人も右下腹がずっと痛かったらまずはお医者に行ってほしい。絶対に。でも、ちゃんと色々検査してもなんもなかった時は、そういう言葉もあるみたいだよ、ということを思い出してほしい。ちなみに、この言葉ググっても出てこなかった。最悪の事態の話は出てきまくるのにね。

あれから十年経っている。運が良いことに、今も健康に大きな問題はない。もし秘された大病なら流石にもう判明しているだろう。今もたまに右下腹が痛い時はある。あずきのちからをレンチンして乗せておくと治る。冷えとりに関しても特別なことは時になにもしてない。

30代前半までは、大病にかかることが怖くて仕方がなかった。身体の些細な不調で、おそらくマックスのストレスを受けていた。馬鹿馬鹿しいと自分でも分かっていても悪い妄想をやめられず、騒いでいた。

40歳目前の今も、まあ不調も色々増えてきて、怖くなることはある。人間ドックでもコレステロールやら微妙に引っかかる。子もまだ小さいし死にたくない。でも何となく「健康なまま40か。わりと生きれたな」と言う感慨のようなものは沸いている。これからどうなるかはもちろんわからないけれど、できれば「最悪の事態の妄想はしない」「悪いことは起きてから考える」方向へと思考をシフトしていきたい。不惑だし、大人だしね。