october notes

俳句と小説と読書と記録と記憶

30代会社員の原稿人生戦いメシ

 2015年の冬に字書き仲間の長谷川ミオさんと【何食べたらそんな文章書けるの?】(身内通称:字書きごはん本)という、字書きと食事をテーマにしたエッセイ同人誌を出しました。参加しているのは9人の字書き(プロ作家2名 同人作家7名)で、それぞれ好きにわいわい原稿とごはんの話をしている楽しくご機嫌で面白い元気の出る本です。今でも、ちょいちょい自分でも読み返しています。好きなことを好きに書ける同人誌とは本当に良いものです。

 一方で、その字書きごはん本発行から4年と少しが経ち、うちは家族が一人増え、私は当時と同じように小説を書ける環境では無くなりました。(最近の創作方法については、これとは別に書こうと思っています)しかし、当時の熱量だとか、頑張り方だとかは今の自分が読み返してもパワーを貰えるし、何より創作にかける想いというのは変わっていないので、せっかくなのでnoteに再録することにしました。

 冬コミに出した本なので、冬コミの話をしています。二次創作の小説本を出していました。社会人になったらもう創作できないよ、とか、結婚したら書く時間無いよ、とか思っている人がいたら、まあケースバイケースだけどこういう人もいたよというサンプル1として読んでもらえたら嬉しいです。以下、再録です。

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人生戦いメシ

 最初に物理的な話をします。
 私の平均的な一日の執筆量は、休日だと一万字、平日だと二千五百字くらいです。無理はせず、しかし手を抜かずにちゃんと頑張って、それくらい。一万字をページ数換算すると、A5二段の標準的なテンプレートで十ページ弱くらいです。書くペースは昔よりは若干上がっていますが、基本的には変わりません。そして私は長い話を書くのが好きです。夏冬のコミケなど大きなイベントの個人誌は十万字を超えることが少なくありません。十五万字を超えることも最近は多いです。
 私は会社員です。平日は毎日満員電車に詰め込まれ、片道一時間をかけて通勤します。残業は平均すると毎日一時間くらい、土日は完全に休み。ものすごいきついわけでも、死ぬほどゆるいわけでもない普通の職場です。朝八時半に家を出て夜七時半か八時くらいに帰宅します。
 私は二人暮らしです。家族が居ます。自分の時間を全て自分に使えるわけではありません。共同生活のための最低限の家事をしています。一人暮らしをしていた頃は、家にいる時間の九割以上を原稿か同等の作業か同人誌読むことに当てていました。よって部屋まじ汚かった。今もそんなに綺麗ではないですが、床は見えています。
 総理大臣だろうが、テロリストだろうが、隠れオタクの女だろうが、人に与えられた時間は限られています。一日二十四時間、一週間七日、一年五十二週。その間に勤労し金を稼ぎ税金年金保険料などを納め家賃を払い生活を回しゴミはちゃんと分別して出して家を掃除し洗濯をし食事を作って食べて風呂に入り寝て起きて排泄し、原稿の時間を捻り出さねばなりません。

 冬コミ当落発表からイベントまでは二ヶ月弱。今回予定している個人誌新刊は夏の本の続きで、プロットの段階で十六万字にはなる予感がしています。他に書き途中の合同誌があります。五万字くらいを目指しています。十一月頭の段階で残り約十八万字。他にこの字書きご飯本の原稿(今書いてるこれです)と、編集作業などもあります。
 十万字を超える話を〆切直前に書き始めて仕上げることは物理的に不可能です。もちろん可能な人はいるでしょうが私には無理です。私のそれは小説じゃなくてうんこになります。〆切は壁です。そこに行き着くまでに、自分が納得できる内容で書き上げることができてはじめて、壁の向こうの景色を見ることができます。その為にはちゃんと必要な時間と労力をかけなければいけない。これは長編に限らず、どんな原稿でもそう思っています。
 十二月の下旬にやってくる個人誌の〆切までに、予定のない、まるごと使える週末は六回。述べ十二日。平均の一万字を順調に書けたとして十二万字。足りません。仕事の繁忙期ですが、平日夜も頑張ります。二千五百字を平均週三回、六週で十八回書けたとします。四万五千字。足して十六万五千字。おや、足りない。
「マジか」
 正直厳しい。スケジュール帳見ながらあのよくツイッターで回ってくる熊のプーさんの画像みたいな、怪訝な顔になります。
 そこまでして書かなきゃいいじゃん。
 短編にすればいいじゃん。
 そう思われても仕方ありません。
 でもダメです。話はどんどん生まれてくるのです。頭と腹が萌えと衝動が今これを書けと言っているのです。卵詰まりで小鳥は死んでしまいますし、物語を出さないと私は死にます。死因はストレスです。私はまだ死にたくない。
 それにせっかく受かったコミケです。いただいた貴重なスペースです。落ちた人がいます。書きたい話があるのに落ちた時の悔しさは身に染みてわかっています。これを逃せば次は落ちるかもしれない。次のチャンスは無いかもし れない。そこで手を抜くことは、ほかの誰でもなく、私が私に許しません。
 業です。背負っちまったもんは仕方が無い。逃げ道はありません。やるしかありません。平均を超える字数を書ける日を増やしましょう。ブーストかけれるように色々整えましょう。界王拳発動です。
 さぁ、両手をわきわき鳴らしながら、向き合いましょう。
 今年最後の戦いのはじまりです。

 長編小説執筆は長距離走です。気合を入れるため! と最初からなりふり構わずに好きなものばかり食べたり(私は甘いものが好きです)、レッドブル飲んで徹夜をしたりと、短距離走の戦い方をしたら瞬く間に負けます。自殺行為です。文字を書くには体力と気力の両方が必要で、体調を崩さないこと、および精神を平静に保つことは大前提の最低条件です。
 完璧な生活は諦めます。パンツの収納先が洗濯干しでも死にゃしません。テレビの上のほこりは気づきません。フリーズドライの味噌汁、美味しいです。アイロン必須の服は買いません。
 原稿以外の「やりたいこと」もほぼ諦めます。春画展は原稿が明けたら行きます。ドラマもアニメもいつか見れればいいです。ゲームは好きだけど最近は最初から手を出しません。
 その代わり規則正しい生活は死守します。これは長距離ランの基本です。心身不良などで煩わされることなく原稿に集中する時間を最大化するための生存戦略と言えます。繰り返しますが完璧は捨てます。ただポイントを押さえます。そして人によって違うとは思いますが、自律神経の弱い私のポイントは「食」と「睡眠」です。
 ごはん本なので、食の話をします。
 まず、私は三食食べます。朝食べないと、午前中頭が動かないし、昼を食べないとお腹がすいて午後力が出ません。夜食べないと、悲しい気持ちになるし、かといって深夜に食べると太る上に、消化器が不安定になって眠れなくなるのでNGです。
 平日。朝食はできるだけ米を食べます。午前中の集中力が違います。仕事も午前中が捗るので脳みそを使う系の業務はここに集中させます。かっ飛ばして仕事をして、昼休みは守ります。
 昼食は重要です。原稿期間中は炭水化物少なめ、野菜と肉をできるだけ取るようにしています。定食屋で生姜焼きや焼き魚と玄米の定食。コンビニおでんのローカロリーな具材。カフェで具沢山サラダボウル。洋食レストランの小さいお弁当、など美味しくて好きな食べ物、しかしヘルシーでできるだけカロリーの高くないものをバランス良く。ものすごくよく噛みながら(消化が悪いと眠くなる)しかしなるべく早く(消化には悪いが背に腹は替えられぬ)食べます。残りの昼休みは貴重な原稿タイム。空き会議室か、ビルのフリーエリアのソファで原稿パソコンを叩きます。
 仕事が終わり、六時半か七時には会社を出たいです。ここからが本番です。貴重な三時間でどこまで書けるか。家族がいない日は早く家に帰って簡単に作って食べます。冷蔵庫の残り野菜を入れたうどんなどが多いです。昼に肉を食べているので栄養的にはわりと問題ない。残業の多い家人は家であまり食事をしないので二人分作ることはありません。さっさと一人で食べて原稿をします。最も切羽詰まっている時期は一秒でも惜しいので、会社近くの安いタイ料理のトムヤムラーメンや、なか卯の親子丼(小)をかっこんでから、近隣スタバに飛び込みます。

 さて休日です。貴重なブーストタイム。一日たりとも無駄にすることは許されません。朝は平日と変わらない時間に起きます。テンションを上げるために、パンケーキやワッフルを焼きます。食べます。そして私は原稿パソコンを持って、携帯を置いて、外で原稿をするために家を出ます。ネット環境を遮断しないと集中できないから、というのが一番大きな理由です。大体近隣の駅前のドトールか、ミスド、モス、星乃珈琲、スタバ、ファミレス、あと地元カフェなどにいます。
 休日の昼は原稿がなによりも大切なのでそれを邪魔しない(眠くならない)重いもの以外は、気にせず食べていいことにしています。ミラノサンド、ブルーベリークリームスコーン、エビとアボカドのトーストサンド、ミラノ風ドリア、色んなドーナツで、私の小説はできています。野菜だ肉だカロリーだ炭水化物がどうのこうのはあまり気にしないでよろしい。むしろ休日にそういう状態に持っていくために平日昼に調整しているのです。大切なのはちゃんと書くこと。一字でも先に物語を進めることです。

 夕方の五時くらいに切り上げます。スーパーで具材を買って帰り夕食を作ります。炭水化物少なめ、野菜と肉魚多め、楽に作れて、美味しいものがいい。冬はもちろん鍋です! 豆乳鍋ミルフィーユ鍋、トマト鍋、寄せ鍋、カレー鍋、味噌鍋、キムチ鍋、ピェンロー。野菜もたくさん取れるし、翌朝にうどんや雑炊になるし、家族も好きだし、最高です。他には肉じゃが、ミネストローネ、タコとトマトのパスタ、パクチーサラダ、ピーマンの肉詰め、手羽元のさっぱり煮、野菜の鶏そぼろ、フライパンで生地から焼けるピザ、野菜の揚げ浸し。あと蕩ける湯豆腐も好きですね。あれは鍋かな。最近覚えたぎゅうぎゅう焼きも大好き。よく見るレシピはクックパッドか、栗原はるみさんのレシピ本です。
 さて、原稿期間中は酒を飲まないのか! と言われると、さすがにそれは無理です。〆切三週間前までなら、平日夜に友人と飲みに行きます。会社の飲み会も入るし、休日でも昼にノルマ以上めいっぱい書いてもう干からびた……って状態になったら、切り上げて近所の居酒屋に行きます。お酒を飲むと原稿は不可能なので、息抜きとして全力で楽しみます。たまにわっと発散すると、またきゅっと気合を入れて原稿を頑張れる気がします。ビールが大好きで、あとはハイボール芋焼酎です。白ワインも飲みたい。タイ料理、中華、韓国、和系居酒屋、イタリアン、フレンチ、何でも大好きです。がっつり行きたい時は焼肉よりもジンギスカン。もつ鍋もいいな。うにが美味しい店にはご褒美として行きたい。たまに無性に焼き鳥が食べたくなります。今がその時です。ねぎまとハツと砂肝が好きです。ササミが美味しい店はどの部位でも絶対に美味しい。あと銀杏ね。プチトマトもベーコンで巻いてください。

 そうやってたまに息抜きしつつ、手綱はしっかり取って、バランスを取りながら、自分の環境を整えて、できるだけ長く遠くまで走れるようにしてやって、腹の中で渦巻いているお話を、頭の中に広がる世界を、ただ書きます。書くしか、書き上げる方法がないので書きます。
 正直書いている最中は苦しいです。思い通りに書けないことがたくさんあるし、いつだって勉強不足で、語彙も足りてない。それに孤独です。一人で書くのは寂しいです。
 自分の内側から湧く声に邪魔されます。
「こんな頭悪い話書いて誰が読むの」
「まーた同じようなこと書いてるよ」
「これ何が面白いのか全くわからん」
 調子が悪いと、今まで人から言われた意地悪な言葉も、重なります。
「いい年して二次創作に必死なの痛い」
「頑張ってるアピールうざい」
「字数が多ければ偉いってもんじゃない」
 うるさい。全部無視です。そんなことはどうでもいい。そんなのにかまっている暇はない。作品が人からどう評価されるかも、書いている最中はどうでもいい。自分が納得行くものが書き上がらなければはじまらない。締切までは時間がなく、キーボードを打つスピードも限りはあり、話は腹の中で渦巻いている。書かなければ死んでしまう。

 最近よく思います。
 死ぬまでに、あと何本書けるだろう?
 あと何回、壁を超えられるでしょうか。
 時間は有限です。人生が有限です。
 原稿に集中するために、私にできることは、日々を淡々と回すこと。最低限の規則正しさを守ること。
 ちゃんと食べて、寝る。
 へこたれず顔をあげる。前を見る。
 あとはもう、大丈夫。
 負けるな。踏ん張れ。キーボードを叩け。
 書け。

 原稿は戦いです。
 いつか必ずやってくる、もう書けなくなるその日まで。
 私は目の前にある壁を超えたい。

 それではみなさま、あの壁の向こうで会いましょう。