october notes

俳句と小説と読書と記録と記憶

鹿の王/上橋菜穂子

東京、21,576人だって。そんな日に出社だったわけだが、これからはしばらく引きこもる。夫の誕生日なので、デパ地下の美味しいケーキを買ってきた。

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ケーキの黒ミサ

Audible

お正月休みに弟ファミリーと奈良健康ランドに行ったら、鹿の王の映画とのコラボキャンペーンをしていて、それを見て夫が「奈良の話なのかな」と言ったんだけど、奈良は全く関係なかった。(そう告げると夫は「うそでしょ!?」とショックを受けていた。なお奈良健康ランドは最高だった)

 

強大な帝国・東乎瑠から故郷を守るため、死兵の役目を引き受けた戦士団“独角”。妻と子を病で失い絶望の底にあったヴァンはその頭として戦うが、奴隷に落とされ岩塩鉱に囚われていた。ある夜、不気味な犬の群れが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生。生き延びたヴァンは、同じく病から逃れた幼子にユナと名前を付けて育てることにする。一方、謎の病で全滅した岩塩鉱を訪れた若き天才医術師ホッサルは、遺体の状況から、二百五十年前に自らの故国を滅ぼした伝説の疫病“黒狼熱”であることに気づく。征服民には致命的なのに、先住民であるアカファの民は罹らぬ、この謎の病は、神が侵略者に下した天罰だという噂が流れ始める。古き疫病は、何故蘇ったのか―。治療法が見つからぬ中、ホッサルは黒狼熱に罹りながらも生き残った囚人がいると知り…!?
たったふたりだけ生き残った父子と、命を救うために奔走する医師。生命をめぐる壮大な冒険が、いまはじまる―!

 

精霊の守人シリーズを未読なので、初めての上橋菜穂子。世界観も内容もボリュームのある圧巻の医療ファンタジー小説だった。朗読もとても良く、世界に存分に浸れて満足度が高い。

途中で「あれ、これってコロナ禍で書かれた話?」と思ってしまったのだけれど、2015年の本屋大賞受賞作品だった。作中に出てくる黒狼病は病態こそ違うけど恐ろしい疫病で、新薬開発、ワクチン、アナフィラキシー反応、免疫システム、細菌、ウィルス、そして医療に対する忌避や政治的な動き……何もかも最近の話題としか思えず、それをファンタジーの世界観の中で全く違和感なく描いているのが凄い。

ヴァンは、キャラクターとしては王道の、悲しい過去を背負った寡黙で心のまっすぐな男戦士……何だけど、描かれているのはそれだけではなくて、大きな悲しみや絶望、人としての弱さそれを抱えた強さの描き方が、「強い男戦士」ではなくて、人間を真正面から丁寧に描いていて、とても好感が持てた。同時に、ヴァンの悲しみの深さが本当に底がなくて、その深淵の淵でいろんな人が手を取ってくれているのが、嬉しくて、そして切なかった。幸せになってほしいとこれほどまでおっさんに対して祈ったことがあるだろうか。

ヴァンとユナのやりとりもとにかく愛おしいのだけど、トマや、ホッサル、若者に向ける眼差しもとにかく優しくて、オーファンに対してもその慈しみは感じられて、それが「鹿の王」のエピソードそのものだと思った。でもその裏にある、家族を失った過去の悲しみがもう切々としていて堪らない。玉眼来訪の際にトマと季耶に再開した時「この人たちはもう身内なのだ」という言葉に、ちょっとうるっときた。

それはそうと、希少疾患に対する薬のことをオーファンドラッグって言うけど、オーファンの名前と関係あるのかな。

もう一人の主人公、ホッサルは……もうとにかく可愛くてよかった。「ミラルが死んだら私は自害する」と言った時にはもうおかわかわ度が限界突破したし、ホッサルとミラルがいちゃついて(?)いるのをヴァンとサエがニコニコ見ているあのシーンとてもよかった。聡明でとにかく冷静なのに感情もぽろぽろ溢れてきて、若くて青くて、とても良いヒロインボーイでした。

ミラルやサエはもちろん、脇役の季耶、スルミナ、イリアまで女性キャラがみんなキャラと芯が立っているところもとってもよかった。というか、全編通して振り回されてたキャラクターってマコウカンだけでは……?ヒロイン、マコウカンなのでは??

映画の宣伝ではユナがフィーチャーされているけど(見ていないけど)ユナは物語のキーパーソンであることには間違いないけど、ユナ視点で話が動くことはないし、扱いとしては脇役で、ユナ自身が何かを主体的に成し遂げる話ではないので、映画のサブタイトルの「ユナと約束の旅」っていうのはどうなんだろう?

オーディブルで聞いてた難点としては、ファンタジーだと造語が多いので、それがカタカナなのか漢字なのかどう書いているのか聞いているだけだと全然わからないことですね。分からなくても、聞いててもちろん理解はできるんだけど、この記事を書くのに何度もググった。笑

 

そして私はとにかくヴァンに幸せになってほしいので……続きを読むことにします。