october notes

俳句と小説と服と記録と記憶

違国日記(8巻)/ヤマシタトモコ

娘がPFAPAで発熱したが、ちょっとしか上がらずに、すぐ下がった。5歳になったから軽くなったのか、それともたまたまなのかはわからない。コロナの感染者が急に減ったみたいに、突然終わるのかもしれない。と、期待したいが、まあまたくるだろう。ゆるゆると行く。

 

お誕生日に貰ったどうぶつしょうぎの冊子に「はじめは大人が負けてあげて、勝つ喜びを」と書いてあるのでそうしようと思うのだけど「子供だからと手加減するのはよくないのでは?」という昭和っぽい価値観がすぐに頭を過ぎってしまう。それでも私は負けてあげるのだが、夫や私の母は普通に勝ってるし、そうすると娘は何より悔しい気持ちと負けたくない気持ちが勝ってしまって「これははんそくルールで娘ちゃんだけが使えるやつ!」とか「ひきょうルールをつかうね!」とか、めちゃめちゃやりだすので、あるいは投げ出したりするので、やっぱり、まずは負けてあげる(そしてルールを守った勝負を覚えさせる)のは大切なんだなぁと思う。「頭でぱっと思いついちゃう育児正解ルート」というのは、プロ(つまり学者さんとか)が言う正解とは往々に違ったりするので、そのことを忘れないでいたい。

 

運動会は気持ちいい晴天だった。娘はもちろん、赤ちゃんの頃から知っている子たちがみんな頑張っていて、なんだかちょっと泣けた。リレーで負けて泣く子怒る子途方に暮れる子、みんな色々でおもしろい。

 

えみりの恋が素敵で泣いた。朝が素直で、これまた泣けた。どうか、十年後、二十年後、えみりの希望が叶いますように……と、祈るだけじゃなくて、そうした社会にしていかないといけないのが、今の大人の私達なのだと強く思う。

 

先日とても素敵な言葉をTwitterで見かけて、要約すると「詩を書くということはどこまで認識を深めていけるか、ということ」ということで(完全FF外の方の、しかも人様へのリプだったので、引用するのは気がひけるため……このように書かせていただきます)これが本当に響いて、自分が悩んでいるところ、突き詰めきれていないことを言い当ててもらったような、はっと道が見えたような、そんな気持ちになった。

 

ヤマシタトモコさんの漫画のモノローグはまさにこれで、とことん認識を突き詰めた先の世界が、あえてぽろぽろと短い言葉で、繋がれて行く。何度もリフレインしながら、深いところまで刺さってくる。