october notes

俳句と小説と読書と記録と記憶

「琥珀のまたたき」小川洋子

今日はひさびさに一人時間があったので、pixivに少し昔の小説の再録をして、それから少しだけ文章を書き、そして読みかけだった琥珀のまたたきを読んだ。夜には桃とさくらんぼを食べた。

 

 

 

 

壁に閉ざされた別荘、
家族の奇妙な幸福は永遠に続くはずだった。

私の内側の奇跡の記憶を揺さぶる、特別な魔法の物語。
――村田沙耶香

最後の数ページの美しさには、息をのむほかない。
――宮下奈都

魔犬の呪いから逃れるため、パパが遺した別荘で暮らし始めたオパール琥珀、瑪瑙の三きょうだい。沢山の図鑑やお話、音楽に彩られた日々は、琥珀の瞳の奥に現れる死んだ末妹も交え、幸福に過ぎていく。ところが、ママの禁止事項がこっそり破られるたび、家族だけの隔絶された暮らしは綻びをみせはじめる。(Amazonより)

とりとめの無いささやかなエピソードが読み手の心のの奥に小さな染みを作り、それが普通の日常の隙間にじんわり効いてくる。「琥珀のまたたき」はそういう類いの小説なのだと思う。

末の妹の死、それをもたらした「魔犬」から逃げてきたママと三きょうだい。名前を捨てられ、誕生日を捨てられ、友達を捨てさせられて、まるで完璧な箱庭を手作りするように、ママとオパール琥珀、瑪瑙の四人でお屋敷の中で息を潜める暮らしが綴られている。

大きな大きな悲しみがあって、だけどそれには直接触れずにその周辺を彩っていく。埋めようがない深い穴をバターたっぷりの生地で何層にも隠して焼き上げたパイは、どこか懐かしく、甘くて繊細で、少しだけ土の味がする。琥珀の目の端に写る残影は、あまりに優しくて、図鑑の隅っこに結晶となる思慕が、ただただ美しくて切ない。どうしたって子どもは育っていく。そんな当然なことが、ママにとっては残酷な現実となってしまったことが悲しい。息が詰まるような幸福な時間を、永久に留めることはできないのにね。

物語は現在と「当時」を何度も行き来する。それが私(読者)にとっては救いだった。既に終わった物語を聞いているのだと、思っていないと、どんなに美しくて幸福な日々も、引き裂かれた悲劇の余韻でしか受け止められなくなるから。今もちょっと悲しさを引きずってる。